本の宝石
武井武雄 「刊本作品」

刊本と本の城(永井路子所蔵) 昭和10年、「書物の芸術」ともいえる本が登場しました。まず何を素材とするかを決め、その素材を生かしながら絵・文字・装幀・函、印刷方法のすべてにおいてこだわりを持って作られた本・・・幻の美書、本の宝石と呼ばれる、武井武雄(1894-1983)の刊本作品です。
 武井は東京美術学校西洋画科卒業後、児童雑誌などに子ども向けの絵を描き始めます。子ども向けの絵は生活のための余技とする当時の世間一般の風潮に対し、子どものために精魂込めた絵を描くことは、男子一生の仕事に足るとして真剣に取り組みます。大正11年に創刊し、絵本の王様と呼ばれた『コドモノクニ』では、企画段階から参画して題字をデザインし、創刊号の表紙絵を担当するなど、絵画主任として活躍しました。蛇足ながら、『コドモノクニ』の編集・発行人は、古河藩家老で蘭学者として有名な鷹見泉石の曾孫、鷹見久太郎(1875-1945)です。
 大正14年には初の個展を開催、子どものための絵を「童画」と命名、それまで童話の添え物として軽視されがちだった子ども向けの絵を芸術にまで高めました。また、童画の他にも版画、童話の制作やイルフ(古いの逆、つまり新しい)トイスと呼ばれる玩具の創作にも取り組むなど、子どものためにその芸術性を遺憾なく発揮しました。
 そんな武井のライフワークとなったのが刊本作品なのです。昭和10年の「十二支絵本」にはじまり、生涯にわたり139作が制作されました。絵・文ともに全てオリジナルで、一作ごとに素材・技法を変えています。中には世界最古の紙パピルスを苗から栽培し、完成まで実に4年半を要した物もあります。
 当初は、玩具の概念の中から生まれましたが、次第に美の表現を追求し、手のひらに納まる程の本の中に美術の粋を凝縮した「本の美術」として完成されていったのでした。
(武井武雄刊本作品の世界展は3月4日まで)

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