U−4・久斎 河口信久 |
| 嘉永4年(1851)2月4日、古河に誕生。 明治4年、福沢諭吉に入門、草創期の慶應義塾卒業生となる。翌5年、医学所取締で明治政府大典医の伊東貫斎に医学入門。 同11年、「洋法医術内外科」で医術開業仮免状を受け、つづく17年に同免状を授与された。 同37年、茨城県知事は、彼の無償種痘活動に対し表彰状を出している。 久斎は、いまだ近代医療制度の整わない明治初年から古河の地に開業し、北関東の医療に貢献しその基礎を築いた。「種痘所」、「施薬所」の設立、コレラ流行への処置と治療などなど、久斎はじつに多忙な人であった。 大正8年没、享年69歳。 |