大炊模様
江戸後期のニューモード

雪華模様入りの錦絵(歴史博物館収蔵品)  市松(いちまつ)、鎌○ぬ(かまわぬ)、斧琴菊(よきこときく)・・・やぶからぼうで恐縮ですが、「市松」は初代佐野川市松が舞台で用いた袴の模様、「鎌○ぬ」は七世市川団十郎が、「斧琴菊」は三世尾上菊五郎が、それぞれ好んで舞台に用いたことを契機に流行した模様のことです。浴衣の柄に使われるなど、現代でもなじみ深いデザインといえましょう。

 いささか意外な感じを受けるかもしれませんが、江戸の庶民は、じつに流行に敏感でありました。最新のモードが、人気役者の言動・衣裳に左右されるところなど、こんにちとひとつも変わるところがありません。さしずめ役者を描く錦絵は、いま風にいえばブロマイドといったところで、その流行にたいへん寄与していました。

 ところで、売れっ子役者に劣らぬ江戸後期の流行仕掛け人のひとりに、古河の殿さまの存在があったということをご存じでしょうか。日本最初の雪の自然科学書を執筆・出版した土井利位のことです。天保3年(1800)『雪華図説』、11年刊行の同続編、利位は、ここに183種の雪の結晶を収録、現代雪氷学者から近代的な実証科学のパイオニアと高い評価をうけています。

 あろうことか、この自然科学の書でさえ、江戸の庶民は、最新のモードとして受容したのでした。図版の錦絵をご覧ください。美人画の名手、渓斎英泉の描くこの女性の着物にちりばめられた雪華模様を。
 おそらく、江戸時代をとおして、庶民のモードにデザインを提供した殿さまは、土井大炊頭利位だけではないでしょうか。官職名をとって「大炊模様」ともてはやされるところなど、団十郎や菊五郎など人気役者顔負けです。雪華=大炊模様入りの錦絵は、実に多く版行されたのでした。水泡のように消え入るおびただしい意匠の中にあって、利位発信のニューモードは、もはや伝統模様としての地位を得ているといえましょう。(「雪の殿さま土井利位」は3月5日まで)写真:雪華模様入りの錦絵(歴史博物館収蔵品)

古河歴史博物館学芸員 永用俊彦之