文化財は誰のもの?

ストリートオルガンを楽しむ市民  「文化」ということばがあります。わりあい多用されながら、厳密な意味を考えてみる機会の少ないことばのひとつといえましょう。冒頭からの理屈っぽい話、まことに遺憾に存じますが、いましばらくおつき合いください。
 文化が「人間の精神的生活にかかわるもの」であるならば、それを映し出す鏡は歴史そのものにほかなりません。
 かつて、おびただしい数の文化財が国外に流出、あるいは破却された悲しい時期がありました。明治維新直後のこと、ごくごく一部ではあったのですが、歴史を消去しようと本気で考えた人々がいたようです。いわく、日本人は生まれ変わったので、過去の歴史は必要ない・・・。
 奈良公園にそびえる興福寺五重塔は、現在、国宝として、修学旅行の学生にたいへんなじみ深い文化財となっておりますが、この五重塔でさえ、当時のお金50円で、売りに出されようとしていたくらいでした。
 歴史は思い出のようなもの、都合よく善悪とりまぜて消し去ることなどできようはずもありません。こんにちのわたくしたちは、こうした行為を苦笑したり、慚愧に思いをいたします。いいかえれば、「思い出」を大切にする豊かさを身につけているということでありましょう。
 このことは、我田引水をお許しくださるならば、博物館をはじめとする文化財行政を整えた先達の功績といっても大げさではないように思われます。
 文明社会の進歩の中では、古き過去の営み・物は、捨て去られていくこともやむを得ないのかもしれません。それゆえに、博物館は、そうした状況下、脆弱きわまれる文化財を保護・保存する役務を担っています。地域の共有財産を保存し、あわせて公開していくということ、博物館は、いわば、地域の豊かさをはかる物差しといえましょう。(冬のテーマ展「雪の殿さま土井利位」は3/5まで)

古河歴史博物館学芸員 永用俊彦