日本最初のオランダ地図と鷹見泉石
日蘭交流四百年を記念して |
和蘭人、我国ノ徳化ヲ慕ヒ来コト
二百五十年、然ニ其邦域ヲ分明ニ
知ル者尠シ
オランダ人は、善良で豊かな日本を慕って、交流を求め航海してくることが250年も続いている。しかるに、オランダ国の地理を詳細に知っている日本人は少ない・・・
日本最初のオランダ国地図、『新訳和蘭国全図』の凡例に記される一節をとりあげました。
実はこの地図、古河藩家老の多忙からようやく解放、隠居の身となった鷹見泉石が制作した労作です。いわば、泉石の海外情報活動の集大成ともいえるこの作品は、嘉永2年(1849)重陽(9月9日)に完成、すなわちペリー提督率いる黒船艦隊来航の4年も前のことでした。ついでに申し上げておきますが、完成から3年を経た同5年の6月、江戸町奉行の出版許可のお墨付きもおりています。実際、山城屋という本屋から売り出されていました。
ところで、『新訳和蘭国全図』の制作・出版が鎖国時代であったということにはいささか驚かされます。
冒頭にひいた一節を想い出してください。泉石は述べています。
西洋における唯一の通商国、オランダの国のかたちすら知る日本人は少ない、ゆえにこの地図を著したのであると。まさに開国論者、鷹見泉石の面目躍如といったところではないでしょうか。
しかるに、泉石の時代、外国の学問を学ぶ、その情報を手に入れることは困難をきわめました。めまぐるしく変化する国際情勢を認識していた数少ない日本人のひとりとして、彼は、その把握に疎くなっている状況に対して危機意識を高めていたに違いありません。
『新訳和蘭国全図』は、こうした鎖国下の日本人に対して、世界地理・世界史認識を促すきっかけとして出版されたといっても決して大げさではないでしょう。いわば、時代の要請に応じて、泉石が著作した教科書であったのでした。
(「日本最初のオランダ地図」展7月9日まで)
古河歴史博物館 学芸員 永用俊彦 |