御落胤だった? 土井利勝

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土井利勝像
(正定寺所蔵)

徳川家康像
(栃木県立博物館所蔵)

 古河歴史博物館では、今月21日より、特別展示「智の大老 土井利勝」を開催いたします。土井利勝は、徳川家康・秀忠・家光という三代の将軍につかえた実務官僚でした。
 すでに、その名についてはNHK大河ドラマなどでおなじみのことではないでしょうか。ところで、わたくしたちは江戸という時代を、ややもすれば、安定と、整った政治機構というイメージで捉えがちです。しかし、幕府政治の状況は、はじめから安定していたわけではなく、その組織も当初、簡素なものに過ぎませんでした。
 具体的には、将軍が実務に長じた有能な側近を引き立てる。その側近は、今ふうにいえば”縦割り”化されない状況のなかで初期の混乱した政治を収束していく。
 いいかえれば簡素な組織である反面、事務処理に勝れた能力を持つ人物に職掌が集中、特定の個人にたいへんな権力が集まる仕組みであったといえましょう。
 また、側近政治という性格上、将軍代替わりには幾多の人々が失脚しました。三代にわたる将軍のもと、その影響力を保持しつづけたのは、土井利勝くらいかもしれません。
 すでに同時代、この利勝の比類ない権勢については、いくつもの憶測が喧伝されていました。
 なかでも、利勝が家康の御落胤(ごらくいん)であったという説は、随筆などにしばしば確認されます。
 さらに古河藩士たちは、利勝の系譜の冒頭に例外なく次のような一文を掲載して憚りませんでした。曰く、「実ハ家康君ノ御子ナリ」と。
 その真偽はともかく、こうした噂が取り沙汰されるほど、利勝は、草創期の幕府政治に、必要とされた存在であったのでした。(特別展示「智の大老 土井利勝」11月26日まで)

古河歴史博物館 学芸員 永用俊彦