丸き木にて角なる器の中をかき廻すごとくにあれば事よき事なり、丸き器の内をまわすがごとく隅々までさがせば、事の害、出来候ぞ
土井利勝が、問われるままに「年寄(後の老中)」の心構えを答えたことばの一節です。出典は、儒学者松崎堯臣の著『窓のすさみ』。
すなわち、幕政の要、「年寄」という職掌を果たす極意とは、擂り粉木で重箱をかき回すようなものである、決して擂り粉木+擂り鉢ではいけない。そう利勝が述べたと、この随筆は語ります。
重箱の隅々に胡麻が擂り残るではないかと言うなかれ、管理の眼が行き届き過ぎれば、いろいろ弊害ができ、人の仕事に対する意欲が削がれてしまうではないか・・・
ところで、利勝は、江戸時代の随筆に、夥しい数の逸話を提供しました。右の話を含め、そのいずれもが事実というわけではありませんが、利勝=知謀家というモチーフは一貫しています。ここに江戸時代の人々が抱いていた、土井利勝像をかいま見ることができましょう。
興味深いことに、利勝をめぐる多くの逸話には一貫性がないようにも思われます。たとえば、「糸くずと倹約」(拾った糸くずを家臣に預け後日綻びを繕うためにリサイクルした)の話と「東福門院和子入内」(金銀は使うためにある、蓄えるものではないと役人に諭した)の話、のように。しかし思い出してください。『論語』の中で、孔子が「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と語りながら、一方で「君子危うきに近寄らず」と教諭したことを。
利勝の時代、幕府の諸機構・組織はいまだ若く未熟なものでありました。異なる個性の人々が集う組織をまとめあげた智謀家であればこそ、人々は、これら複数の矛盾する逸話によって利勝像を受容したのかもしれません。あるいは、利勝は、すべて一貫しているではないか、と笑っているかもしれません。
若き日を結城・下館に過ごした俳人与謝蕪村は、後年、冒頭の利勝の話を題材に、「隅々に残る寒さや梅の花」という句を残しています。利勝は文学史上のかくれた人気者なのでした。(特別展 11月26日まで)
古河歴史博物館 学芸員 永用俊彦 |