渡良瀬の風景・画家たちの原風景

中村 威氏 作の「沼の釣り人たち」 古河の北西に位置する渡良瀬遊水地は、面積33平方キロメートル、茨城・栃木・群馬・埼玉にまたがる広大な遊水地です。洪水の調節や都市用水の補給などの役割を持ちますが、何よりも広大な葦原と樹林、池沼などが魅力的な場所であり、その豊かな自然環境は、古河の住人の暮らしや文化に大きな影響を与えてきました。
 ここに紹介したのは、昭和3年(1928)作、古河の物故画家である中村威氏の渡良瀬を主題とした日本画作品です。中村威氏は、明治31年(1898)古河生まれ。平成元年(1989)に91歳で亡くなるまで古河に暮らし、渡良瀬や古河の町など身近なモチーフを取り上げた作品を多く残しました。大正から昭和初期にかけての権威ある官制展であった帝展に入選するなど、古河の現代絵画における先駆け的な存在でもありました。
 広々とした渡良瀬の沼地を、ゆったりと俯瞰の構図で捉えたこの作品は、当時ののどかな渡良瀬の雰囲気と、そこで釣りをする人々の風俗を伝えています。ここに描かれているのは、特に風光明媚ともいえない生活のにおいのする沼地の情景ですが、気負いのない平明な筆致と抑えた色調からは、曇り日の渡良瀬の水分を含んだ空気が感じられます。それは、幼いころから画家自身の心の内で育まれ、創作の原点となった故郷の風土そのものの気配であるといえるでしょう。現代人が忘れかけていた人と自然との親密な交感を、懐かしく思い起こさせる作品です。
 現在、街角美術館ではテーマ展「渡良瀬の風景」を開催、古河ゆかりの画家たちが愛した渡良瀬を、それぞれの思いと表現で描いた絵画を展示紹介しています。(街角美術館テーマ展「渡良瀬の風景」は9月23日まで)

街角美術館学芸員 倉井直子