U 疫神よ去れ 〜まじない・祈祷〜
ひとが生きてゆくうえで、老・病・死は、その原因が目に見えないものでもあり、いかんともしがたいものでした。ところが、誰しも経験することから「老」「病」「死」は成長の経過のひとつであり、人生儀礼のひとつともとらえられてもいたのです。
しかし、おそるべものであったことも事実です。たとえば病は、気が付かないうちに、身体の内側からむしばまれてゆくもので、突然のように伏してしまう。そして死にいたる者さえいる。この目に見えない畏怖の対象であった病は、本来その見えないはずの原因に、人々は疫鬼・疫神のしわざとして姿を映しだしています。あるものは彼らと遭遇し、あるものは見えないはずの疫神に筆まで持たせて証文を書かせている。人々はこのおそれる神々を、あるときは迎え入れて丁重にもてなした後に送り出し、またあるときは、毅然とした態度で追い払っているのです。
わたしたちの対応ときたら、なんと柔軟なことか。
「ハラ送りの人形」 はらおくりのにんぎょう
野上平氏製作
この人形の作られた茨城県久慈郡水府村国安では、一年間に二度藁人形を作っていた。ひとつは、鹿島信仰を背景に作られるようになったとされている、大助人形(オオスケニンギョウ)と呼ばれるもの。いまひとつは、ここにあげるハラ人形である。 ハラ人形は毎年7月、悪病除けのために作られるとされ、小麦のフスマで作ったまんじゅうを胴体に入れて川に流した。それぞの手は、頭・腹にあてられ、それらは頭や腹の病をさしているものという。また、地域によっては、これを「ムシ送りの人形」と呼び、腹の中のムシ(寄生虫の類)を送るものとしていた。 |
@疫神のすがた・疫神との約束
▽疫神のすがた
▽疫神の証文
A疫神・疱瘡神を送る
▽お役 〜人生儀礼のひとつとして疱瘡神を迎える
▽疱瘡神を送る
▽約束の宿
B悪疫・疫神たたかう
▽強きもの 〜鎮西八郎為朝の宿・源頼政
■おもな展示資料
・「疫病神の詫び証文」(個人蔵 さしま郷土館保管)
・「疱瘡神の詫び証文」(個人蔵 八千代町歴史民俗資料館保管)
・「人面墨書土器」(個人蔵 茨城県立歴史館保管)
・「疱瘡棚」「疱瘡送り」「疱瘡送りの藁馬」(群馬県立歴史博物館)
・「疱瘡棚見舞受納帳」(個人蔵 三和町立図書館資料館保管)
・「譚海」(東京都立中央図書館 加賀文庫)
・「源三位頼政鵺退治絵馬」(頼政神社)
・「陰陽師調法記 咒調法記」(東洋大学附属図書館 哲学堂文庫)
ほか
T 病を見るまなざし
V 民間医療vs西洋医学 W 絵にあらわして見ること
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