V   民間医療vs西洋医学 〜呪術か医術か〜
 
 ところでわたしたちは、病というものにどのように対抗してきたのでしょうか。じつは科学的な医療が始まるまでのながいあいだ、まじないや祈祷にたよったり、なにやら奇妙な薬にたよったりしていたのです。とりわけて河童から薬の調合を教えてもらう伝承を持つ薬は各地にあり、河童の名前を冠した薬も作られていました。このような秘伝の薬は、家伝薬として家ごとにつたわり、自然科学の知識が広まっていくきっかけともなっていたのです。
 この展示でとりあげている疱瘡の場合、もちろんその病自体ははやくから人々に認識されていました。しかし、なにゆえその病が発生するかについてはなかなか解明できず、疱瘡をつかさどる神によって広まるものとされていたのです。
 江戸時代ともなると西洋医学が普及してはいるのですが、その一方で呪術的要素はぬぐい切れていなかったようです。オランダの医学を学んだ蘭方医の記録にも和漢洋いずれの記述がなされ、漢方→蘭方とすんなり移行してきたのではなく、両方の立場も持ち続けていたようすがうかがえます。また、疱瘡の予防になる種痘の普及がかなり一般的になった近代においても、疱瘡神をまつっている家は多く、蘭方医の家でも、正月には松飾りと餅を供えて、疱瘡神をお祭りするのでした。
 
 
「ヒトガタ」
 
 
古河市 源三位頼政神社
 
身についたケガレを祓うために7月1日に行われる「ヒトガタ流し」の「ヒトガタ」である。
このヒトガタに名前を書き、神社に納めてお祓いをしてもらう。近年は、「病にかからぬように」と願いをこめて書かれることも多いという。かつてはこれを、渡良瀬川に流していた。
源三位頼政神社は、帝の病の原因てあった鵺を退治したことで知られる源頼政をまつる神社で、麻疹除けや各種の病に対する信仰をあつめている。
 
 
 
 
 
  @民間の医術
   ▽秘伝の薬の調合法 〜河童の妙薬
   ▽願をかける
   ▽除ける心がけ・願い
  A西洋医学の民間への流入
   ▽痘瘡と医学 疱瘡の知識
   ▽西洋医学と種痘の施術
 
 
■おもな展示資料
 ・「岩瀬万応膏」(個人蔵)
 ・「疱瘡石」(慈眼院所蔵)
 ・「上州の小正月ツクリモノ」(国指定重要有形民俗文化財 群馬県立歴史博物館)
 ・「種痘道具一式」(河口家歴史資料)
 ・「種疱瘡之徳・天行痘之損」(国立歴史民俗博物館 木戸家史料)
  ほか
 
 
T 病を見るまなざし   U 疫神よ去れ   W 絵にあらわして見ること
 
このページのトップにもどる